「森のクラシックリゾート」と呼ぶに価するホテルは、日本広しといえども多くはない。
奥羽山脈の北端、ブナの原生林が広がる本州最北の森に佇む八甲田ホテル。周囲の大自然に溶け込むかのような洋風ログ木造建築が、訪れる人の心に深い印象を刻む。
十和田八幡平国立公園内、標高およそ900mに位置する八甲田ホテルは、八甲田連峰を間近に見ながらぐるっと一周する周遊ルートの発着地としても最適な場所だ。
周遊ルートを時計回りに走り、最高点の笠松峠を過ぎて少し下ると、爆裂火口跡に温泉水がたまった地獄沼が右手に、そして左手には大きな石造りのモダンなサインストーンが現れる。このサインストーンの脇の道を入っていけば、そこはすでに八甲田ホテルの広大な敷地だ。
八甲田ホテルのエントランスをくぐるとまず、まるで大自然の胎内に抱かれているような、我々をとり囲む「木」の存在感に圧倒される。
カナダ産レッドシダーやアメリカ産オレゴンパインの巨木を丸太ごと用いたログ造りは、見事な迫力だ。
日本最大級の洋風完全木造建築だけが持つ、その上質なあたたかみある空間に癒される。
館内のそこここに展示されている棟方志功の作品も、そのダイナミックな筆運びとどこか優しい雰囲気が、建物とよく調和しているではないか。
スタッフのサービスも気持ち良く、全体として、上質なクラシックホテルの落ち着きがきちんと保たれていることを感じさせる。
そんな八甲田ホテルだ。サイクリストへの心配りもしっかりとなされている。まさに「サイクリストウェルカム」なホテルといえよう。
まずはエントランスホール。青森県産の木材で作られたサイクルラックが用意され、ここに自転車をかけてチェックインだ。
木のあたたかい質感が際立つクラシックな造りの客室は、居心地の良い落ち着いた雰囲気。大人のための空間がここにはある。
そして、この心地よい客室へ、自転車もそのまま持ち込むことができるのだ。
用意された縦置き型スタンドを利用して、自慢の愛車とともに過ごす夜はまた格別に違いない。
部屋の広い窓一面に広がるのは、白い木肌と緑のコントラストが印象的なブナの原生林。
広いベランダに出れば、八甲田連峰を間近に望む。
なんとも贅沢な気分にさせてくれる。
ホテルの中へ自転車を持ち込む際には、しっかりと泥や汚れを落として気持ち良く入りたい。
エントランス脇の散水ノズル付きの水道は、宿泊サイクリストが自由に使うことができる。
地面より少し高くなったエントランスには、階段のほかにスロープが設けられているので、自転車も転がして楽に上がることできるのは嬉しい配慮。
八甲田といえば、多様な泉質の温泉があちこちから湧き出していることでも有名。
もちろん、八甲田ホテルも、自家源泉(荒川温泉)掛け流しの温泉を備える。
青森ヒバの香り漂う大浴場では、無色透明の優しいお湯に浸かりながら、大きな窓一面に広がるブナの森を眺めることができるのだ。
脱衣所にはバスタオル とフェイスタオル、さらにウォーターサーバーに八甲田の天然水までもが用意されている。湯上がりの水分補給を欠かさないための配慮がありがたい。
洗濯機はこの脱衣所の中にあり、無料で利用できる(洗剤はフロントで販売)。
ライド後に着替えを持って大浴場へ向かえば、汗にまみれたサイクルウェアを脱いですぐ、入浴しながら洗濯してしまうことも可能というわけだ。
この八甲田ホテル、実は、300年の歴史を持つ名湯として有名な「酸ヶ湯温泉」と同じグループ企業の運営。
距離もわずか700mほどしか離れておらず、八甲田ホテルの宿泊者は、酸ヶ湯温泉にも無料で入浴することができる。
しかも、酸ヶ湯温泉まで無料の送迎バス付きだ。
酸ヶ湯温泉といえば、総ヒバ造り、160畳の混浴大浴場「千人風呂」が有名。泉質は乳白色の酸性硫黄泉で湧出量も豊富だ。
八甲田ホテルに宿をとれば、抜群の泉質に湯治場の歴史と混浴文化をも体感できるこの酸ヶ湯温泉と、これとはまた泉質の異なる館内の荒川温泉の両方を堪能することができるのである。温泉好きにはなんともたまらない魅力といえるだろう。
(下の画像は酸ヶ湯温泉の館内に掲示されているポスターより)
夕食は、「八甲田キュイジーヌ」と呼ばれるフレンチフルコースか、和食会席の2種類から選ぶことになる。いずれも、青森の旬の食材をたっぷりと活かした、美しい料理の数々を五感で味わい、存分に八甲田を感じるディナーだ。
例えば、極めて糖度の高いとうもろこしである岩木山の嶽きみ、ミネラル豊富な陸奥湾で旨味をたっぷり蓄えた肉厚なホタテ、口の中でとろける柔らかな肉質が特徴の青森県産の和牛、北津軽郡中泊町の完全無農薬米、八甲田山天然水使用のコーヒーなどなど。
フレンチフルコースは、クラシックな雰囲気と四季折々の眺望がディナーに華を添えるレストラン「MeDeau(メドー)」で。
この山奥にありながら、ワインやシャンパンの品揃えが豊富なのも嬉しい。
絶景ライドに多様な温泉、極上ディナーを堪能したら、大人のサイクリストの締めは、やはりバー。
八甲田ホテルのバーラウンジ PLATTO(プラット)には、他ではなかなか味わうことのできない、まさに「森のクラシックリゾート」と呼ぶにふさわしい、静かで格調高い、それでいてどこかワイルドさを感じさせる時間が流れている。
バーテンダーが作る八甲田山景にちなんだオリジナルカクテルとともに、ゆっくりと旅の夜を愉しみたい。
朝食も、フレンチの夕食と同じレストランでいただくことになるのだが、朝は少しでも早く出発したいという御仁には、事前に予約すれば、持ち出し用にサンドイッチかおにぎりを用意してもらうことも可能だ。
チェックアウト後も、ライド中に手荷物を預けたり、帰着後に再度大浴場を利用することができる。
なんとも至れり尽くせり。「サイクリストウェルカム」な八甲田ホテルだ。
最後に、八甲田ホテルの看板娘「フジコ」を紹介しよう。
2010年8月生まれのメスのセントバーナード犬「フジコ」は、実は三代目。大きな体ながら人懐っこく、毎朝の散歩やお見送りで、宿泊客からも愛されるアイドル犬だ。
八甲田ホテルを訪れたら、ぜひフジコと戯れる時間もとりたいものだ。